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研究職、理系男子31歳

人生の棚卸しと、自分の情熱ポイントに素直に生きようとしたことの記録

人生の棚卸し。その2  〜高専から大学〜

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人生の棚卸し

生い立ちから研究職になるまでの経緯を振り返ります。途中途中でその時に印象に残っていることや考えていたことなどを書いているため、非常に長いです。

なお、いくつか理由はあるのですが、今考えると、自分は若干のコミニケーション障害(コミュ障)や発達障害(自分の場合は自閉症?アスペルガー?)であると、自己判断しています。

この記事では、自分の人生を高校から大学までを振り返ります。

 

【目次】

  

幼少期から中学校までの振り返りはこちらの記事を参照してください↓

yamadayoko.hatenablog.com

 

高校入試 

内申点は悪かったですし、テストの点数も中の中くらい。そんな自分がいけそうな高校というと、長岡商業高校。ここなら行けると先生に言われましたが、理科系の方が得意だったので、長岡工業高校も勧められました。偏差値でいうと、長岡商業(47)、長岡工業(50)(2017年調べ。http://高校偏差値.net/niigata.php)だそうですが、当時は商業の方が高く、ほぼ逆の数値だったように記憶してます。十数年で変わるものなんですね。商業はあんまり興味ないし、かといってもっと偏差値の低い工業高校もそそられないし。そんな時に長岡工業高等専門学校を勧められました。なんとか受かることができたのですが、その理由はいくつかあります。

【学校側の理由】

・内申点より入試の点数の方が選考における比重が高い。同じ。

(内申:入試。公立高校は4:6に対し、高専は3:7。現在は両校とも3:7でした。高校によって異なるので要確認。)

・志望した学科の入試倍率が予想以上に低かった。

(普段は1.5とかなのに自分の時は1.2とか)

 【自分の理由】

・内申点は低いが、テストはそれほど悪くなかった。

・とりあえず、チャレンジした。

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とりあえずチャレンジって大事ですね。ここでチャレンジしてなかったら、研究職の自分はいませんでした。

 

高専

工業高等専門学校に進学しました。いわゆる普通の高校とは異なり、高校3年と専門学校2年が合わさったように、合計で5年間こちらに通います。変わった連中がたくさん集まったました。机上の座学よりも手を動かす実験の方が多く、とっても楽しかったです。ここでもマイペースに、おとなしく過ごしていました。バスケ部にも入っていましたが、幽霊部員でした。こんな高専時代に自分の中に残る出来事を2つ紹介。

出来事1つ目

ダンク、してやりました!中学時代からみんなにバカにされても、ジャンプし続けたんですが、そのかいもあって高専時代にダンクできたことは、自慢の一つです!中学校までは、整列時に前ならえをしたことがない、つまり一番前のちびだったんですが、この当時は173cm。やってやりました!この経験から、「人間、ある程度のことは、やれば何だってできる」という考えを持ちました。

出来事2つ目

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卒業式、バスケ部の幽霊部員でほぼ部活にも参加していなかった自分のところに後輩が花を持ってきた時には、卒業する他のバスケ部員を探してるのかなぁと、人ごとのように思ってました。「あっちにいるよー」と教えると、、えっっっ??自分への花束?!全然、部活してなかったのに、そんな自分にもくれるなんて。まじか。嬉しい気持ちと、情けない気持ちと。この時ばかりは、もっと熱くなって一緒にバスケしておけばよかったなって、ものすごく後悔しました。

 

高専では大学への三年次編入なる制度があるのですが、地元である新潟大学の編入試験には落ちました。そこで、熱狂的にやっていたスノーボードのオリンピック選手やプロ選手の養成場みたいな学校である全日本ウインタースポーツ専門学校に行こうと画策しました。が、結局、九州の国立大学の編入試験に受かったこともあり、そちらに進学することにしました。

 

大学・大学院

九州では、大学と大学院の合計4年間を過ごしました。正直、苦い思い出と甘酸っぱい思い出があります。

苦い思い出

人を嫌いになったこと。大学院1年のとき、人生初めての彼女ができました。同じ研究室の後輩です。が、研究室の他のメンバーの反応がうるさいのなんの。大人な対応ができなかった自分も不甲斐ないですが、人の好きな人を馬鹿にするような人とは、一緒にいたいとは思いませんでした。そのため、研究室の仲間のほとんどとは卒業以来疎遠です。

甘酸っぱい思い出

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苦い思い出にも書きましたが、初めての彼女ができました。初めて人を好きになれたこと。結局、すぐに別れることになりましたが、それでも、人と付き合うっていうこと、好きになるってことを少なからず学んだような気がします。

良い思い出

バスケサークルやその他の活動で仲良くなった仲間ができたこと。高専の卒業時に感じたもっとやっておけばよかったバスケ、高専以上にやってやりました!楽しかった!!また、研究室の先生には恵まれました。父親より若いですが、もはや第二の父です。感謝しかありません。研究のテーマにも恵まれました。就職活動は主に研究職を狙って、食品、医療、鉄鋼、自動車、電気などの研究職に応募しました。大学院1年の時に大手メーカーにインターンシップに行き、そこで出会った仲間とは今も繋がる仲間です!この時の仲間から、就職後の交友関係の幅がすごく広がります。

 

 

このブログの説明について知りたい方は、こちらの記事を参照してください↓

yamadayoko.hatenablog.com

 

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